木達:今私は、米国カリフォルニア州立大学ノースリッジ校主催によるアクセシビリティ関連のカンファレンスに参加するために、ロサンゼルスに来ています。 ここロサンゼルスからお届けする「Meet the Professionals」。このシリーズは、Webの世界で活躍する、各プロフェッショナルの方々にインタビューを行うというものです。 今回のゲストは、W3Cでアクセシビリティの普及啓蒙に携わっているShawn Henryさんです。 木達:このたびはインタビューをお引き受けくださり、ありがとうございます。最初に、これまでの経験や今のお仕事など、ご自身について話していただけますか? Shawn:お招きいただきありがとうございます。 木達:こちらこそ、ありがとうございます。 Shawn:今回のインタビューを楽しみにしていました。私はコンピュータ・サイエンスと英語でのコミュニケーションを専攻して学びました。テクノロジーとコミュニケーションの組み合わせというのは、珍しいと思います。当初は、ソフトウェアのマニュアル作成といった技術的コミュニケーション、そしてユーザーインターフェース設計などの仕事に就きました。概ね、ソフトウェアおよびユーザーインターフェース設計についての仕事でした。最初は大企業で、次に中小企業で働き、さまざまな企業にコンサルティングを行いました。 その後、身体を壊し、視力や身体的な問題によりコンピュータを使うのが難しくなりました。もはや仕事を続けることができないと思っていた頃に、アクセシビリティというものと、それに取り組むトレース研究開発センターの存在を知りました。私はそのセンターが位置するウィスコンシン州マディソン市に住んでいたので、何かアクセシビリティに関することを始めようと決めました。 つまりアクセシビリティの世界に入ったのは、少しばかり自分に都合が良かったからです。しかし、アクセシビリティが人々の生活にとっていかに重要であるかを知ってからというもの、体調が回復し始めた後も、アクセシビリティに対する強い熱意は失いませんでした。当時、アクセシビリティに対する需要はあまりありませんでしたが、それに関して研究し学習しました。また可能な場合には、自分のユーザーインターフェース設計にアクセシビリティを組み込んでいました。 その後、米国リハビリテーション法508条が制定されました。この法律が制定された後は、もちろん、アクセシビリティが世界中でそれまで以上に重要になりました。私は、米国政府などに製品を販売する国内外の企業向けに仕事を行いました。 そういうわけで、アクセシビリティに関するコンサルティングを行っているうちに、ソフトウェアやWebに重点を置き始めました。トレース研究開発センターの提供する、Webにフォーカスしたハードウェアおよびその他の製品を通じて、アクセシビリティを学びました。そして、招聘専門家としてW3Cの仕事を行いました。私は、W3CがWebアクセシビリティのガイドラインを示すことにより、私たちに本当に大きなものを与えてくれ、アクセシビリティのために何をすべきかを教えてくれたと感じ、そのお返しをしたいと考えたのです。 その後、教育およびアウトリーチの職種の募集があった時、世界的規模でアクセシビリティの分野に貢献するには自分にとってベストな方法だと思いました。このような経緯で、今のW3Cでの仕事に就き、4年ちょっとになると思います。 木達:4年間ですか? Shawn:はい。 木達: W3Cに4年ですね。わかりました、ありがとうございます。W3C、つまりWAI、Webアクセシビリティ・イニシアティブでお仕事されていて、アウトリーチや教育活動を中心に行っているということですね。Web Standards Projectの前リードであるMollyへのインタビューをチェック済みでしたらご存知でしょうが、私はアウトリーチが今のW3Cにとって非常に重要であると考えています。Shawnさんの場合、アウトリーチや教育活動に関して、どのような戦略あるいは方法を採っていますか? Shawn:そうですね、ご存知のようにW3Cは従来、技術的な側面に重点を置いており、教育およびアウトリーチに関してはあまり活動してきませんでした。したがって、WAIに教育およびアウトリーチの職務が用意され、かつ優先度が高く設定されていることは本当に喜ばしいことです。 私が仕事を始めたときは、既にWAIにおける業務の大部分を占めていたことですが、アクセシビリティへの取り組みに関するメッセージを伝え続ける方法を模索していました。大きな問題のひとつは、私たちのWebサイトでした。どのようなWebサイトであったか覚えていると思いますが……。 木達:はい。 Shawn:数年前は……。 木達:あまり素晴らしいものではなく、出来ばえも良くなかったですね。 Shawn:全くそのとおりです。見た目のデザインだけでなく、より重要なユーザーインターフェースや情報アーキテクチャも同様でした。利用できるリソースは既に大量にあったのですが、それを活用する方法が理解されていませんでした。そこで、私たちが即座に引き受けたプロジェクトのひとつが、WAIのWebサイトの再設計でした。 私たちは、それに取り組むための素晴らしいプロジェクトチームを編成することができました。ユーザー中心のデザインプロセスでは、多くの時間を費やしました。成功したことのひとつは、そのすべてを文書化し、オンラインで提供できたことです。企業によるユーザー中心設計の多くは機密扱いであって、企業側は詳細を知られたくないことはわかっていますが、私たちは設計のすべてを公開しています。是非ネットに接続し、私たちの成果を見ていただきたいと思います。 最初に行ったことのひとつにユーザーテストがあります。私たち自身の利用体験、そしていくらかのヒューリスティック評価から、問題の多くを既に理解していました。問題をさらに深く理解するためにユーザビリティ・テストを実施できたのは、本当に素晴らしいことでした。大事な点は、それが問題解決の優先順位の設定に役に立ったということです。ユーザビリティ・テストで学んだ重要なことのひとつは、ユーザーはアクセスするやいなやガイドラインへと導かれており、技術的な仕様を目にし、情報がわかりにくく感じたことでした。 私たちがアウトリーチの基礎を築くために最初に行った仕事のひとつに、入門資料の作成があります。現在、私たちのすべてのガイドラインおよび仕事の概要、Webアクセシビリティ入門、そしてアクセシビリティに関する投資対効果検討書の作成方法といった資料を用意しています。それらはまた、社会的要因、技術的要因、財務的要因、法律および政策的要因に関しても書かれています。私たちは、WAIがW3Cのプロセスを通じてガイドラインを作成する方法に関しても、最近資料を用意しました。そこには個々のマイルストーンやステージについて、また人々がどのようにプロセスに貢献するかについても書かれています。 木達:なるほど。 Shawn:つまり、それこそがアウトリーチでした。人々が情報を入手できるよう、まず資料を用意するということです。現在はそれが完了しましたので、情報を外部に公開し、人々に認識してもらえるよう努力する方向に、重点を置いています。そこで、私たちは多くのカンファレンスで講演を行い、木達さんにも会えたというわけです。 木達:はい、日本にも数回いらしてますね。 Shawn:はい。 木達:それは自分も存じています。 Shawn:日本にも行きましたし、それ以外の場所にも行っています。一部の対象ユーザーに重点を置き、お話しすることのできる主要なメッセージを伝えています。また、他の講演者やトレーナー、ブロガーにも情報を伝えています。 木達:なるほど。 Shawn:つまり、彼らに情報を伝えれば、さらにその情報を広げてくれるからです。 木達:わかりました。では、次の質問に移ります。日本では、多くのWebデザイナーや開発者は、Webアクセシビリティの重要性を既に理解しています。少なくとも私はそう信じています。しかし私は、世界の他の国または地域の状況に関しては知りません。Shawnさんは世界中を駆け回っていらっしゃいますが、世界的な見地からアクセシビリティの現状についてお話しいただけますか? Shawn:多くの国では、状況は日本に似ています。アクセシビリティは、かなり認識されています。多くの場所で、デザイナーおよび開発者は、「アクセシビリティ」と言えば何を意味するかわかるでしょうし、それを聞いたこともあるでしょう。しかし、その本当の意味はまだ十分理解されていません。具体的な仕様やガイドラインの一部を認識している人々でさえ、障害を抱える人々がどのようにWebを使用しているかに関して、経験が豊富ではありません。ご存知のように、私は、そういった情報を広めることに対しても熱意を持っています。そういうわけで、今でもアクセシビリティはそれほど多く実践されていません。ほとんどのWebサイトはアクセシビリティに欠けており、基本的なアクセシビリティの多くが組み込まれていないのです。 発展途上国では、認識はかなり低いです。発展途上国の多くで認識を高める活動を行う必要があります。実際のところ、全体として、アクセシビリティを政策なり慣行に統合し、開発プロセスや教育を通じて組み込む必要があります。つまり、やるべきことは、まだたくさんあります。 木達:わかりました。ありがとうございます。4つ目の質問は、主にWebのデザイナーおよび開発者に関するものでした。しかし、W3Cはユーザーエージェントおよびオーサリングツールのベンダー向けにもアクセシビリティのガイドラインを提供しています。彼らについてはいかがですか?彼らは、アクセシビリティに関する機能を追加することに積極的ですか? Shawn:オーサリングツールおよびユーザーエージェントは、非常に重要なポイントです。質問に対する答えとしては、それも似た状況にあるということです。アクセシビリティはかなり認識されていますが、今でもそれほど多くは導入されていません。状況ははるかに良くなってきています。オーサリングツール、ブラウザおよび支援技術は、アクセシビリティに必要なものを導入するという点では、すべて良くなっています。もちろん、大抵のWebコンテンツより開発サイクルは多少長くなる傾向にあります。それに従い、アクセシビリティの実装も遅くなります。しかし私たちは、何かが起きていること、特にブラウザに関して急速に何かが起きていることを知っています。 木達:ブラウザで? Shawn:競争によるものです。 木達:なるほど。 Shawn:一部のオープンソースの動きが急速に進展しているのです。これは本当に重要な点です。アウトリーチと主要なメッセージに関して話しましたが、オーサリングツールの重要性は、この主要なメッセージのひとつです。何百万人という人々がWebサイトを開発しており、それをアクセスしやすくするために、オーサリングツールにできることはたくさんあります。 木達:ええ。 Shawn:それは非常に重要です。それ以外の重要な点のひとつとして、オーサリングツールとは何かを理解することです。これは、誰もが簡単に思いつく名前のソフトウェアばかりでなく、具体的な名前は挙げませんが……。 Shawn:Webページを作るためのものだけでなく、コンテンツ管理システムでもあります。 木達:そうですね。それもまた大きな問題となりえますね。 Shawn:もちろんです。非常に多くのサイトがコンテンツ管理システムを使用して開発されており、それがオーサリングツールとなっています。それらで、アクセシビリティがどのようにサポートされているかが非常に重要です。Blogなどもオーサリングツールです。またBlog用ソフトウェア、写真共有Webサイト、ソーシャルネットワーキング・サイト、そしてコンテンツを作成するために使用されているものすべてはオーサリングツールです。これらのツールは、アクセスを支援するためにすべきことがたくさんあり、Web全体をアクセスしやすくするために大変革をもたらす可能性を持っています。 木達:ということは、Webコンテンツを作成するオンラインサービスも、オーサリングツールのガイドラインを考慮すべきだというご意見ですか? Shawn:もちろんです。オンラインサービスもそうですが、写真共有サイトもひとつのオーサリングツールであり、アクセスしやすいコンテンツを作成できるツールにするために、オーサリングツールのアクセシビリティガイドラインに従うべきです。当然です。 木達:わかりました。ありがとうございます。では5つ目の質問です。私の意見ではブラウザが進化し、ユーザーが自分の好きな方法でWebを使えるようになって、コンテンツがWeb標準によって適切に実装されれば、スキップリンクのようなテクニックは不要になると思っています。私からみれば、それはコンテンツそのものではありません。ドキュメントにおける固有の存在ではないからです。このような、コンテンツとブラウザあるいはユーザーエージェントの関係に関するご意見はお持ちですか? Shawn:はい。 木達:わずかずつながら関係は変化し続けていると思います。 Shawn:そうですね。その関係は非常に重要です。私たちが公開している「Essential Components of Web Accessibility(Webアクセシビリティに必要不可欠な構成要素)」という文書はご存知だと思いますが、その中で、オーサリングツールとコンテンツの関係、およびブラウザとコンテンツの関係について議論しています。もうひとつの非常に重要な点は支援技術です。その関係はガイドラインを理解するうえでも、コンテンツ開発者にとっての責任とは何かという観点からも、重要です。 先ほどのスキップリンクは非常に良い例です。これは、目が見えないためにスクリーンリーダーを使用している人、あるいはマウスやキーボードが使えない人のために用意されたものです。あまりに多くのリンクがナビゲーションにあれば、それをスキップしたいと思うでしょう。そこで、それらをスキップするためのリンクを先頭に用意しよう、と言う人もいるでしょう。現在ではもちろん、コンテンツにスキップリンクを含めなくても良くするための技術が存在します。Webサイトのデザイナーが適切な見出しを用意し、かつ見出しを行き来するためのブラウザおよび支援技術があれば、スキップリンクを提供する必要はありません。しかし現実には、すべてのブラウザが見出しのためのナビゲーションを提供しているわけではなく、それは古い支援技術でも同じであり、また、すべてのユーザーがその使い方を知っているわけではありません。 しかし、現在の最大の問題は、良い見出しの提供が、ほとんどのコンテンツにおいて適切に行われていないということです。たとえ私が見出しを取り出せるブラウザなりスクリーンリーダーを使用していて、またその操作方法を知っていたとしても、ほとんどのサイトでは良い見出しが提供されていないため、現状ではあまり役に立たないのです。特定のものを取り入れる必要はありませんが、コンテンツ開発者が負うべき責任は他にもあります。この関係は非常に重要です。 木達:状況は変わるでしょうか? Shawn:変わるでしょう。WCAG 1 (Webコンテンツアクセシビリティガイドライン 1.0)には、「ユーザーエージェントが対応するまでは」というくだりがあります。 木達:ええ、そのくだりは存じています。 Shawn:そうでしょうとも!表現は異なりますが、私たちは同じアイディアをWCAG 2に取り入れています。この点は常に変わらないと思います。つまり私たちがそれをユーザーにとって必要なもので、ブラウザや支援技術が提供してくれればベストだと言っても、実際にそれが提供されるまでは、コンテンツ開発者が代わりに提供する一定の責任があるかもしれません。 木達:なるほど、わかりました。では次の質問に進みます。ちょっと異なる質問です。今のWeb 2.0の時代にあって、Webアクセシビリティの最も困難な点、あるいは課題は何だと思いますか? Shawn:困難な点はたくさんありますが、質問に答える前にひとつ指摘しておきたいことは、簡単にできることがたくさんあるということです。私は、困難に取り組み、それを解決するために開発を続けることは重要だと思いますが、難しいことに重点をあまりシフトさせることに関しては注意したいと思います。というのも、簡単なことにさえ取り組んでいないWebサイトがたくさんあるからです。私たちは、見出しに関してだけ話しましたが、これは良い例です。見出しを見出しとしてマーク付けすることは比較的簡単ですが、それを行っているサイトはわずかです。私は、基本的なことを思い起こし、簡単なことにも取り組み続ける必要があると思います。 もちろん、困難な点はあります。そのひとつは、非常に多くの人々がコンテンツを追加していることです。多くのオーサリングツールがある一方で、多くの制作者もいます。制作者が作成したコンテンツとは別に、統合されたコンテンツもまた難しい存在です。もちろん、「Web 2.0」においては、Ajaxアプリケーションもあります。具体的な例として、キーボード・ナビゲーションとスクリーンリーダーにまつわる困難があります。ページの変更に関する通知もそうですし、支援技術が対応できないカスタムウィジェットを作成する人々などもそうです。つまり、Webアプリケーションに関していえば、より困難な点がいくつかあります。 木達:よくわかりました。では、さきほどの質問に戻りますが、困難な点や課題に関して何らかのご意見、あるいはソリューションをお持ちですか? Shawn:私たちは、現在それに取り組んでいます。そのひとつは…… 木達:ガイドラインですか? Shawn:そうです、ガイドラインです。WCAG 2.0の優れた点のひとつは、私たちが開発中のものは幅広く応用できるということです。つまり、現在および将来の異なる技術に応用することができます。またこれとは別にテクニック文書も用意しており、これらの問題に対するさらなるソリューション開発に伴って、ベストプラクティスを用いて更新することができます。 アクセシビリティを向上させるために今すぐできることはありますが、障害を持つ人々にとってはあまり有用でない傾向があります。しかし、たとえばWAI-ARIA Suiteなどがそうですが、私たちはさらなる改善に向けて取り組んでいます。 木達: わかりました。 Shawn:これは比較的新しい取り組みであり、ARIA(Accessible Rich Internet Applications)の作成に関するものです。DHTML (ダイナミックHTML)、Ajax、その他のリッチ・インターネット・アプリケーションをアクセスしやすくする方法に関して取り組んでいます。現在、これらの技術への取り組みは非常に急ピッチで、順調に進んでいます。 木達: そうですか。 Shawn:特にこれに関して優れた点のひとつは、標準の開発が進むのと並行して、ブラウザおよび支援技術でテストが行われているということです。つまり、既に機能しているのです。 木達: わかりました。 Shawn:これまでのところ、作業は非常に早く進んでおり、今年は引き続き開発が進むでしょう。新しい技術が使用されることは素晴らしいことであり、私たちは、それをさらにアクセスしやすくするよう取り組んでいます。 木達: 素晴らしいことですけど、仕事は大変でしょう? Shawn:そうですね。でも、いつものことです。 木達:わかりました。では、最後の質問です。日本のみならず、世界中のWebデザイナーや開発者に対する希望をお聞かせください。アクセシビリティに特化しなくても結構ですが、何を期待されますか? Shawn:そうですね、Webデザイナーや開発者には、アクセシビリティの重要性を理解してもらいたいです。そして、Webにアクセシビリティが備わっていれば、障害者、そして社会全体に驚くほどの力を与えることができることも理解してもらいたいと思います。 また、デザイナーや設計者が、大きな課題に取り組み、Web開発が素晴らしい仕事であると考えることを望みます。そして、問題に突き当たった場合は、真剣に取り組み、ソリューションを開発し、そのソリューションによって大きな達成感を感じてもらいたいです。 Webデザイナーや開発者には、自らの仕事を通じて世界を変えることができることを理解して欲しいですね。そして、障害の有無に関わらず使用することができ、現在および将来に役に立つようなWebを開発することを望みます。 木達:わかりました。いろいろな質問にお答えいただき、ありがとうございました。 Shawn:こちらこそ。インタビューの機会を本当に感謝します。アウトリーチに取り組むうえで非常に役に立ちますし、それはとても重要ですから。 木達:ありがとうございました。 木達:いかがでしたでしょうか。Shawn Henryさんご自身も障害をお持ちなのですけれども、彼女のアクセシビリティに対する情熱に負けないぐらい私も今後がんばって、その全体的な向上に向けて貢献していきたいと思います。